
弘法大師坐像
江戸時代・17世紀 和歌山・金剛峯寺蔵
東京国立博物館の「空海と真言の名宝」を見てきました。空海がつくった真言宗は18本山があるとのことで、それらのお宝が見れるというものです。中には33年に一度しか見れない仏像などもあり楽しかった
- 顔がでかい仏像
- 曼荼羅の意味
- 五智如来
顔がでかい11面観音菩薩立像
1つ印象的なのが圧倒的に頭がでかい仏像です。表情もぶすっとしています。なんでこんなに風に作ったんだろう?平安初期の密教美術には独特のプロポーションを持つものが多いらしいです。意図的にインパクトを残すように作ったのではないかということ。その試みは成功しています。くちびるめくれあがってるし。

十一面観音菩薩立像 三重県観菩提寺
曼荼羅の意味
曼荼羅には金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の2つがあります。胎蔵界の「理」と金剛界の「智」の一対で密教の宇宙を表しています。下が実物ですが、左側が智、右側が理を表します。
これってつまりユングでいうところの、左はロゴス、右はエロスなんですよね。そして、この2つが統合されて全体の宇宙となる、すなわち自分が完成するということ。その中心にいるのがセルフ、つまり自己というわけです。
仏教の教えというのはなかなかわかりにくい。だから空海は美術の力を使って、このような絵を使い、教えを封じ込めたんですね。すると伝わりやすい。ビジネスで言うところのフレームワークみたいなものか。
聖書もそうですよね。口伝だと考えが変化してしまう。だからこそ、文字に落とし、聖書の形にし、それをベースに広げていく。もちろんそれでも解釈の違いは出ます。本当のところは身体も含めて自分に落とし込まないといけない。しかし、前提の基礎は見える化しておいたほうがいいということですね。

『両界曼荼羅図(西院曼荼羅[伝真言院曼荼羅])』 国宝 絹本着色 平安時代・9世紀 左・金剛界185.0×154.0㎝ 右・胎蔵界183.0×154.0㎝ 東寺蔵
五智如来とは
展示の最後の方に出てきたのが五知如来。五智如来(ごちにょらい)とは、密教で大日如来が備える「五つの智慧」を5体の如来にあてはめた仏像のセットです。金剛界曼荼羅の中の如来です。中央の大日如来 を中心に、阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、阿弥陀如来、不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)が配されます
- 阿閦如来(あしゅく):鏡のようにすべてを正しく映し出す智慧(東)
- 宝生如来(ほうしょう):すべてのものが平等であると悟る智慧(南)
- 不空成就如来(ふくうじょうじゅ):人々のためにすべきことを成し遂げる智慧(北)
寺院の宗派や配置によって、阿閦如来が薬師如来、不空成就如来が釈迦如来に置き換えられることもあります。いわゆる有名な4つの如来とは、
- 釈迦如来
- 阿弥陀如来(西方)
- 薬師如来(東方)
- 大日如来
になります。密教だと五智如来は少しその構成がちがうんですね。とくに不空成就如来は考えるだけではなく実行せよ!という実践重視の仏像です。最後まで面倒見てくれる!5体ならぶと圧巻!

そもそも仏像には4種類ある
そもそも仏像には大きく4つの種類があります。
- 如来(悟ったもの)
- 菩薩(悟りを求めて修行しつつ、人々を救済)
- 明王(仏の教えに従わないものを懲らしめる)
- 天部(仏とその教えに従う人々を守る。人びとに現世利益をもたらす)
如来の中で有名なのが以下の5つです。
- 釈迦如来
- 阿弥陀如来(西)
- 薬師如来(東)
- 毘盧遮那如来(太陽の光)
- 大日如来(宇宙の光)
菩薩の中で有名なのが以下の4つです。
- 弥勒菩薩(釈迦が入滅した後の56億7千万年後に現れる。如来を約束されている)
- 観音菩薩(人々の苦しみに応じて様々な形に変化し、救いの手を差し伸べる)
- 地蔵菩薩(人々に変わり苦しみを引き受け、六道(迷いの世)を巡り人々を救う)
- 文殊菩薩(智慧を司る)
明王の中で有名なのが以下の5つ+1です。上に出た密教の五智如来の化身が五大明王です。
- 不動明王(中心)(最も有名で、背中に煩悩を焼き尽くす炎を背負っています。大日如来の化身とされます)
- 金剛夜叉明王(北)
- 降三世明王(東)
- 軍荼利明王(南)
- 大威徳明王(西)
- 愛染明王(恋愛や縁結び、人間関係の悩みなどを救済し、愛欲の煩悩をそのまま悟りの心に変えるとされる明王です)
天部は仏界のガードマン。200種類以上あるとされています。数が多すぎるのまた今度。
密教における「悟り」の特徴
密教の文脈に戻ると、一般的な仏教が「長い修行の果てに煩悩を一つずつ消していく」アプローチをとるのに対し、密教では「私たちの肉体や心、そしてこの世界そのものが、すでに仏の完全な現れである」と捉えます。
つまり、悟りとは「どこか遠くの特別な世界へ行くこと」ではなく、「自分が本来持っている仏のような清らかな本質に気づき、この現実の生活の中でそのままで調和して生きること」だとするのが、密教的な悟りの捉え方です。
仏教の目標は苦悩の原因である煩悩を失くし安らかに生きれるようなること、です。例えば性欲は煩悩の1つですが、これは遺伝子を残すいう進化から生まれたものであり、頭で消そうと思っても消せるものではありません。少なくとも今の科学ではそういう理解です。

DNA
よって煩悩を「絶対的に」消し去ることは無理だと思います。なぜなら本能に組み込まれているから。むしろ、それにとらわれず、うまく活用し、バランスよく生きることができるようになるというがあるべき姿なのだと思います。
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