- 性の追求
- 感情の開発(タイプ論)
- 行動重視
- 茶道
- 格闘技
- 旅行
- 部屋掃除
- 飲み返信
- 仕事
- 転職準備
- タイムマネジメント・プロジェクトマネジメント
行ってきました。
9月5日
大学に入りなおしたようだ。xx大に行きたかったが、入学することはできず、別の私立大学のキャンパスにいる。 講義部屋と生協・食堂が離れた場所にある。 生協にはたくさん人がいる。 新入生でいまいち勝手がわかっていない。 何か大切なものを失くしてしまった(ナイフのようなもの? 戦っていく武器?)。探し回るが見つからない。 何か化け物のようなものと戦っている。 休みの日に教室のような場所に行き、パソコンを開いている。 夜になり、疲れる。ふといくつかのポルノサイトを見る。後日、xxさんにあの日、別のサイトにアクセスしてたのでは? とほのめかされる。私はとぼける。xxさんは、 他の人がパソコンから別のサイトに行くと、 情報が私のpcで見れるんだよね( 私は他のPCで誰が何を見たかがわかる)、という。 どうやらポルノサイトにアクセスしたのがばれているようだ。 私は少し焦るが、それぐらいいいのでは?とも思う
夢の中でも自我は現れます。それを夢自我というらしいです。無意識はしっかりと変化しつつあるのですが、夢の中でも自我が変わろうとするのに反抗しています。夢自我も反抗しています。そうとうしぶといですね、私の自我は。もういいのにと思うのに自我が踏ん張っています。夢自我が諦めていない。
ナイフというのはロゴスの象徴。いろいろなものを切る役割です。それをまだ探しているんですね。今はもうロゴスを使う時ではないのですが、まだ意識がそれを意識しているようです。
xxさんはきちきちした人。それに性の問題を気付かれる。しかし、柔軟にも性欲は否定するものではない、と気付き始めている
国立大学よりも私立大学の方が、よりエロスの世界を表現している。以前の夢で「女性の足を撮る」という夢が出ました。女性の足というのは、女性をただ性の対象として見ているというイメージです。未熟な性を表している。それを自分の感情が嫌悪感をしめしています。
ここ毎回出てくる女性が私とエロスの橋渡しをしてくれる人です。
ただ、私の無意識が以外にも柔軟らしく、素早く反応しているとのこと。早くも性欲を認め始めています。
ただ、性の話をすると口が堅くなるとのこと。まだまだですな。
ー論理の世界と感情の世界がまだ離れている。
ー今後、どう戦っていけばいいのかまだわからない
ーエロス・性欲の問題に目を向ける。
9月9日
yyy君(最初の会社の同僚)が誰かと格闘技をしている。相手の方が強く、腕の関節を極められそうになるが、 なかなかタップしない。最後我慢するが、逆に方向に曲げられ、 決められ、右腕が折れてしまった
ーきっちりとした規律の人。かっこつけたがるナルシスト。
ー仕事においても自分はプロジェクト管理や具体的に落として考え
9月10日
バイオリンを持っている。目の前に妻と一人の老人がいる。あまり弾き方を知らないが、かっこつけて大げさに弾いてみる。 なんかそれっぽく、さらに大げさに弾いていく。 のけぞって演奏したところ、後ろが見えた。 たくさんの人が集まっていた。恥ずかしい。
のけぞるようなふざけた感じがある。面白い。
性というのは感情のさらに下にあるものだと思います。生殖欲求が生物としてあり、その確率を高めるために生存欲求がある。そのために感情という機能を人間は獲得した。よって、感情の根本にあり、感情とつながっているのが性。ここをしっかりと知るということが自分の感情を知る、ということにつながる。性と感情をしっかりつなげていく。これがやろうとしていることだと思います。

こんな絵をいきなり見ても意味わからないですよね?でもいいんです。絵を見るとは正解を探すことではないですから。ではどんな視点で視ればいいのか?調べてみました。
まず、自分の観点というのが一番大切。
その次は客観の観点です。技術などですね。
そして、作者の観点です。
なので絵をまず自分がどう感じるか、心が動くか。その次に作者はどういうつもりなのか。その次にそれらを表すための技術や背景などに目を向けるという感じですね。もちろん、美術史などの文脈が分からないと作品の意味が分からないことはあります。
でも、だからといって美術史を勉強しなければならない、となるとそれこそ絵を見たくなくなりますよね?
だいたい以下のことを意識するといろんな見方ができますね。絵の中にあるものは何か?逆にないものは何か?例えば、猿が2匹いるが、その後ろに3匹目がいそう、とか。
印象派の画家のモネを見てきました。国立西洋美術館が持っているモネが一同に展示されているのです。企画展ではなく常設展です。
作品解説パネルには以下のように書いてあります。
50歳を超えたモネは、ジヴェルニーの自宅で庭園造りを始めました。樹木や花を植え、池には睡蓮が育てられ、モネはそれを繰り返し描くようになります。その水面は天候や時間帯によって表情を変えるため、画家の関心は尽きず、本作品の制作時にはすでに20年近く睡蓮が描かれていました。花や水面の影に見られる、細部を大胆に省略した表現は、後の表現主義や抽象絵画にもつながる、モネの革新性を示すものといえます
見ていて気付いたのですが、モネは対象そのものを書こうとしていたのではなく、対象から出る光を書こうとしていたんですね。光なので、ものそのもののように輪郭がはっきりしているわけではない。
だから近くに寄ってみると非常に雑に描かれているように感じました。絵の具が雑にべたべたぬっているんですよね。しかし、遠くから引いてみるとなんともキレイな全体像が浮かび上がる。こういう描き方をした人はいなかったわけですから、やはりモネはすごいのでしょう。

実際に絵を見ていて、「確かに光を描いており、物自体を描くのではなく、そこから出る光を描くというのは面白いな。間接的にアプローチしているということだからな」と思ったのですが、技術的なこと以上に何か意味があるのか気になったので調べてみました。2つの新しい点があるとのことです。
量子力学のように、何か絶対的な実在がそこに在るのではなく、見る時間、状況、そして見る人の気分によって、見え方は変わるということが新しい点ですね。すなわち何か絶対的なモノがあるのではなく、見え方は相対的であるという視点です。
また、それまでは宗教画のようなものが一番格が高いと思われていましたが、積みわらや池などの何気ない日常を主役に置いて、価値を変えたんですね。
すなわち世界をどう捉えるかを問い直したと言えます。そういう意味ではすごいですね。
もし私が盲目で生まれ、ふと眼が見えるようになったとしたら! 眼に見えるものがなんであるかを知ることもなく描き始められるだろう(モネ)
モネは目にすぎない……しかし、なんとすばらしき目なのか!(セザンヌ)
一枚のカンヴァスを描き終えたなどと言えるのは、恐ろしく傲慢な者だけだと思うのだ(モネ)


モネは自分の家の庭に、外から水を引き込んできて池を作りました。そして、日本の浮世絵に影響を受けて太鼓橋まで作ったのです。理想の庭をコツコツ作り上げたんですね。するともう外に出る必要はないと思い、庭をひたすら描いたのです。自分のモチーフを見つけ、庭を作り、ひたすらそれを描く。
宗教画のようなものだけがすごいのではなく、毎日そこにあふれている日常こそが見え方で素晴らしい。それを表現して、実際に自分で庭を作り、それをずっと描いて、実践する。最高ですね。


伊勢神宮は内宮と外宮があります。内宮の内というのは天皇に近いという意味らしいです。そして外宮はそれを外から祈るということ。
内宮と外宮の中にはメインの正宮が1つづつあります。内宮正宮に天照大神が祭られています。ここは天皇陛下が国民のために祈る場所ですが、あまり個人的なことを祈る場所ではないとされています。
個人的なことを祈るのは、内宮の中にある別宮(正宮の次に格が高い)に荒祭宮です。ここには天照大神の荒ぶる面・動的な面をまつる場所がありますので、一念発起するような場合は、ここが一番とのこと。
行ってみよう!
私の弟は出雲大社で結婚式を挙げていました。縁結びの神様、大国主が神様としてまつられています。
仕事がなかなかうまくいきません。プロジェクトは遅れ、上司とも対決モードです。
夢です。
8月22日
・xxさん(今の会社で一緒だった同僚。男性。優秀で今コンサルティング会社のパートナーになった)と一緒にいる。xxさんは長い出張でこの場所に来ているらしい。彼の止まっているホテルに行くことになった。ものすごい豪華なホテルだ。部屋はどんなだろうと思う。中に入ると広い。そして何も置いていない。別の部屋に入るとこじんまりとしたベッドが置いてある。そこで寝ているらしい。彼の赤ちゃんがいる。かわいい赤ちゃんだ
・自分で注射しなければならない(インフルエンザとかではなくラインを取るための注射)。血管が細くてなかなかが血が抜けない。母親にやってもらう。しかし、母親もうまく血管を探り当てることができない。にもかかわらず、ぐりぐり管を動かす。痛い。辞めてもらった
・旅行に来ている。xxさんも一緒の場所に来ていた。xxさんの婚約者と来ているとのこと。新しい職場での仕事か。私はほとんどxxさんとは話をしない。私は仕事ではなく旅行のようだ。馬の小屋のようなところにいる。一匹の馬が出産しようとしている。見ていると急に赤ちゃん馬がスポーンと生まれ、そのままの勢いで飛び出し、走って言った(少し輝いていた気がした)。私は、おーすごい!と感動し、追いかけていく
・xxさんのホテルに戻ろうとする。途中の道がxxさんが泊っている部屋につながっている。その横を通り抜け、長い階段を上がっていく。xxさんが気になり、声がした気がして、部屋に戻り、xxさんに会う。久ぶりに話をする。夫が女性のきれいな足を撮る(写真)のが好きとのこと。不愉快らしい。話を聞きながら、指のマニュキュアが見えた
母親は包み込むもの。それでは新たなエネルギーを私に注入できない。もっと直接的なエロスが必要
馬というのは自分がやりたいことを荒らしているとも言えるが、リビドー、生命力、性欲の象徴。力強い何かが生まれつつあるということ?
8月25日
・高校の同級生達といる。カラオケのようなものが始まった(屋外で前に出て歌っている)。xxも歌えよと言われる。絶対に嫌だと答えた。歌い終えたxxx君が着替えている。汗だくのシャツを隣のやつに渡したが戻された。次に私に渡してきたが、私も汚いと思い、戻した。
・yyさん、zzさんたちといる。なぜyyに逃げたのかみたいな話をしている。私は、逃げたのではなく、チャレンジしたのだ、最初、日本人は誰もおらず、大変だったのだと説明した
・なぜか、高校の同級生と一緒にいて、jjさんがプレゼンすることになっている。隣はkkkが座っている。俺がカラオケを断ったからか、横からなんか言っている。うるさいので無視しているが、横からジェスチャーも含め、しつこいいやがらせのようなことをしてくる。はっきりと拒絶をした(やめろと面と向かっていった)。wwさんのプレゼンがもあり、wwさんもこちらを気にしている(昔ならwwさんも激怒している)。kkkもいたたまれなくなり、隣の席を去っていく。しばらくして、何かを飲んで、また隣の席に戻ってもいいですか?とwwさんに聞く。ちゃんと聞くならいいよとwwさんは答える
はっきりとNOと言えるようになってきているのか?なんとなくかわすのではなく、はっきりと拒絶しているのが過去と違うところ。
8月30日
教室のような場所にいる。夏休み明けのクラスらしい。俺は宿題をあまりやっていない。その場でやるチャンスはあるが、やる気が起きない。kkもその場におり、夜遅くまでクラス内で勉強している。なので俺は帰りたいが、帰りにくい。しょうがなく紙(宿題)を開く。しかし、難しくてすぐにはできない。俺はやる気がせず風俗のホームページを開いて見ている。その画面は、大きな画面にプロジェクターに映し出されており、jjjに見られてしまった。やばいと思った。
引き続き宿題を机で行う。横をllが通り過ぎる。既に宿題は全部終わっているらしい。みんなちゃんとしているなと思う。
変えることになってクエンティンと一緒に帰ることになった。気まずい(普段あまり話さない)。俺は先延ばししてしまうし、お前みたいにうまく話せないし、というようなことを彼になぜか話している(彼にこんなことを話ししても意味がないのではと思う)
9月2日
犯罪者集団に追われている。男2人女1人だ。次の瞬間、そのうちの1人になっている。走って逃げる。女が追いかけてくる。どうして逃げるんだといって私を掴む。自分の体の中(お腹から太ももあたり)を蛇が走っているのが見える。不気味すぎて叫ぶ。身体の中にいるので取り出すことができない