中年幸福論

中年の幸福度向上に資する。人間理解と日々の実践。仏教のアップデート。ユングと科学で。日本文化への影響

鎌倉大仏と長谷寺

るるぶを見て鎌倉に行ってきました。目指す目的地は2つ。鎌倉駅から江ノ電に乗り、長谷駅で降りて10分ぐらいのエリアに両方ともあります。

  • 高徳院の鎌倉大仏
  • 長谷寺の十一面観世音菩薩

鎌倉大仏は阿弥陀如来

浄土宗の仏様である阿弥陀如来です。南無阿弥陀仏と唱えさえすれば救われるというあれですね。建立が開始されたのは1252年らしいです。でかい。身体の中に入れるとのことでしたが、今日は熱中症警報?がでているとのことで、中には入れませんでした。

昔は建物の中に入っていたらしいですが、今はそれが壊れて吹きざらしになっているとのことです。というか今日は本当に暑かった!

高徳院ホームページより

長谷寺のでかい十一面観音菩薩

これもでかい!721年に作られたとのことで、なんと奈良時代のもの。同じものを2体つくり、一つは奈良の長谷寺に、もう一つは海に流し、神奈川に流れ着いたんだそう。それをあるのが鎌倉の長谷寺なんですね。

浄土宗らしいのですが、仏像の周りになにやらサンスクリット語のような文字が書いてあります。真言宗?こんなでかい仏像が海に浮いていたらびっくりしますね。

 

https://enokama.jp/feature/2353/

 

浄土宗とキリスト教

浄土宗は仏教の中でも神様に近い存在である阿弥陀如来を持つ宗派です。では浄土宗とキリスト教は何が違うのか?

ユングの視点から見ると、キリスト教は「外部の絶対者(神)との関係を通して、自我を鍛え上げ、影(罪)と対決しながら上昇していくシステム」です。

対して浄土宗は、「自我の限界を徹底的に自覚し、自分の内なる影(煩悩)を丸ごと受容する大きな器(阿弥陀)へ、溶けるように還っていくシステム」と言えます。

どちらも自分の限界を見つけ、論理や自力だけでは到達できない領域を「信じること」で突破しようとする点で、構造がピタリと一致しています。

16世紀に日本にやってきたフランシスコ・ザビエルなどのキリスト教の宣教師たちが、仏教の中に自分たちとそっくりな教え(浄土教)があることに大変驚き、警戒したという記録も残っています。

www.kotoku-in.jp

www.hasedera.jp

空海と密教美術の奇抜な魅力

『弘法大師坐像江戸時代・17世紀 和歌山・金剛峯寺蔵』の画像

弘法大師坐像
江戸時代・17世紀 和歌山・金剛峯寺蔵

東京国立博物館の「空海と真言の名宝」を見てきました。空海がつくった真言宗は18本山があるとのことで、それらのお宝が見れるというものです。中には33年に一度しか見れない仏像などもあり楽しかった

  1. 顔がでかい仏像
  2. 曼荼羅の意味
  3. 五智如来

顔がでかい11面観音菩薩立像

1つ印象的なのが圧倒的に頭がでかい仏像です。表情もぶすっとしています。なんでこんなに風に作ったんだろう?平安初期の密教美術には独特のプロポーションを持つものが多いらしいです。意図的にインパクトを残すように作ったのではないかということ。その試みは成功しています。くちびるめくれあがってるし。

十一面観音菩薩立像 三重県観菩提寺

曼荼羅の意味

曼荼羅には金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の2つがあります。胎蔵界の「理」と金剛界の「智」の一対で密教の宇宙を表しています。下が実物ですが、左側が智、右側が理を表します。

これってつまりユングでいうところの、左はロゴス、右はエロスなんですよね。そして、この2つが統合されて全体の宇宙となる、すなわち自分が完成するということ。その中心にいるのがセルフ、つまり自己というわけです。

仏教の教えというのはなかなかわかりにくい。だから空海は美術の力を使って、このような絵を使い、教えを封じ込めたんですね。すると伝わりやすい。ビジネスで言うところのフレームワークみたいなものか。

聖書もそうですよね。口伝だと考えが変化してしまう。だからこそ、文字に落とし、聖書の形にし、それをベースに広げていく。もちろんそれでも解釈の違いは出ます。本当のところは身体も含めて自分に落とし込まないといけない。しかし、前提の基礎は見える化しておいたほうがいいということですね。

『両界曼荼羅図(西院曼荼羅[伝真言院曼荼羅])』 国宝 絹本着色 平安時代・9世紀 左・金剛界185.0×154.0㎝ 右・胎蔵界183.0×154.0㎝ 東寺蔵

五智如来とは

展示の最後の方に出てきたのが五知如来。五智如来(ごちにょらい)とは、密教で大日如来が備える「五つの智慧」を5体の如来にあてはめた仏像のセットです。金剛界曼荼羅の中の如来です。中央の大日如来 を中心に、阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、阿弥陀如来、不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)が配されます

各如来が司る智慧と代表的な役割は以下の通りです
  • 大日如来:宇宙そのもの、絶対的な真理(中心)
  • 阿閦如来(あしゅく):鏡のようにすべてを正しく映し出す智慧(東)
  • 宝生如来(ほうしょう):すべてのものが平等であると悟る智慧(南)
  • 阿弥陀如来:物事を正しく見極める智慧(西)
  • 不空成就如来(ふくうじょうじゅ):人々のためにすべきことを成し遂げる智慧(北)
    寺院の宗派や配置によって、阿閦如来が薬師如来、不空成就如来が釈迦如来に置き換えられることもあります。いわゆる有名な4つの如来とは、
    • 釈迦如来
    • 阿弥陀如来(西方)
    • 薬師如来(東方)
    • 大日如来

    になります。密教だと五智如来は少しその構成がちがうんですね。とくに不空成就如来は考えるだけではなく実行せよ!という実践重視の仏像です。最後まで面倒見てくれる!5体ならぶと圧巻!

    そもそも仏像には4種類ある

    そもそも仏像には大きく4つの種類があります。

    • 如来(悟ったもの)
    • 菩薩(悟りを求めて修行しつつ、人々を救済)
    • 明王(仏の教えに従わないものを懲らしめる)
    • 天部(仏とその教えに従う人々を守る。人びとに現世利益をもたらす)

    如来の中で有名なのが以下の5つです。

    • 釈迦如来
    • 阿弥陀如来(西)
    • 薬師如来(東)
    • 毘盧遮那如来(太陽の光)
    • 大日如来(宇宙の光)

    菩薩の中で有名なのが以下の4つです。

    • 弥勒菩薩(釈迦が入滅した後の56億7千万年後に現れる。如来を約束されている)
    • 観音菩薩(人々の苦しみに応じて様々な形に変化し、救いの手を差し伸べる)
    • 地蔵菩薩(人々に変わり苦しみを引き受け、六道(迷いの世)を巡り人々を救う)
    • 文殊菩薩(智慧を司る)

    明王の中で有名なのが以下の5つ+1です。上に出た密教の五智如来の化身が五大明王です。

    • 不動明王(中心)(最も有名で、背中に煩悩を焼き尽くす炎を背負っています。大日如来の化身とされます)
    • 金剛夜叉明王(北)
    • 降三世明王(東)
    • 軍荼利明王(南)
    • 大威徳明王(西)
    • 愛染明王(恋愛や縁結び、人間関係の悩みなどを救済し、愛欲の煩悩をそのまま悟りの心に変えるとされる明王です)

    天部は仏界のガードマン。200種類以上あるとされています。数が多すぎるのまた今度。

    密教における「悟り」の特徴

    密教の文脈に戻ると、一般的な仏教が「長い修行の果てに煩悩を一つずつ消していく」アプローチをとるのに対し、密教では「私たちの肉体や心、そしてこの世界そのものが、すでに仏の完全な現れである」と捉えます。

    つまり、悟りとは「どこか遠くの特別な世界へ行くこと」ではなく、「自分が本来持っている仏のような清らかな本質に気づき、この現実の生活の中でそのままで調和して生きること」だとするのが、密教的な悟りの捉え方です。

    仏教の目標は苦悩の原因である煩悩を失くし安らかに生きれるようなること、です。例えば性欲は煩悩の1つですが、これは遺伝子を残すいう進化から生まれたものであり、頭で消そうと思っても消せるものではありません。少なくとも今の科学ではそういう理解です。

    DNA

    よって煩悩を「絶対的に」消し去ることは無理だと思います。なぜなら本能に組み込まれているから。むしろ、それにとらわれず、うまく活用し、バランスよく生きることができるようになるというがあるべき姿なのだと思います。

    www.tnm.jp

    tsumugu.yomiuri.co.jp

    www.yougyokuin.com

    ja.wikipedia.org

    日本画

    日本画ってなんかのっぺりしてるけど、不思議な雰囲気が面白い

     

    前田青邨 洞窟の頼朝


     

    甲斐荘 横櫛

    奥村土牛《鳴門》

     

    岡本神草 口紅

    上村松園

    上村松園 《新蛍》

     

    土田麦僊 舞妓林泉

    www.youtube.com

    アートと革新:日本画の誕生と横山大観のスタート

    1. 「日本画」の誕生と横山大観のスタート

    • 「日本画」という概念の誕生: 江戸時代までは「狩野派」や「円山四条派」など流派しかなく、「日本画」という言葉は明治以降に岡倉天心やフェノロサによって作られました。伝統技法と西洋の色彩・写実を融合させた「新しい時代の絵」を作ることが目的でした。

    • 大観の入学と劣等感: 大観は東京美術学校(現・東京藝術大学)の第1期生となりますが、同級生の菱田春草(ひしだしゅんそう)や下村観山(しもむらかんざん)といった年下の天才たちに比べ、最初は全く絵が描けない「落ちこぼれ」からのスタートでした。

    2. 師・岡倉天心との絆と「日本美術院」の設立

    • 岡倉天心への心酔: 大観は、圧倒的なカリスマ性と東洋思想を持つ校長・岡倉天心を人生の師(親方様)として慕います。

    • 野に下る(美術学校騒動): 天心が反対派によって美術学校を追われると、大観や春草らも天心に従って辞職し、独自の組織「日本美術院」を立ち上げます(奥野さんはこれをジブリの独立や、少年漫画の熱い展開に例えています)。

    3. 「朦朧体(もうろうたい)」への挑戦と海外での評価

    • 天心から「空気を描け」という難題を与えられた大観と春草は、線をなくして色彩の濃淡で表現する新技法を編み出します。しかし、当時の日本の画壇からは「朦朧体(ぼんやりして不格好な絵)」と猛烈な批判を受け、絵は全く売れませんでした。

    • 活路を求めてインドやアメリカ、ヨーロッパへ渡ると、この技法(東洋の神秘的な表現)は西洋で大絶賛され、大成功を収めます。

    4. 悲劇の連続とライバルとの共闘

    • 相次ぐ死別: 帰国後、茨城県の五浦(いづら)に拠点を移しますが、そこで無二の親友であり天才の菱田春草が眼病を患い若くして死去。さらに妻や家族、そして最愛の師である岡倉天心までもが相次いで亡くなるというどん底を経験します(わずか12年の間に8人の近親者・恩人と死別)。

    • 再起: 天心の死後、大観はかつてのライバル・下村観山と手を組み、「日本美術院」を再興させます。天心の遺志を継ぎ、日本の美術界を牽引する存在へと成長していきます。

    5. 晩年と「富士山」の画家へ

    • 昭和に入り、大観は国家の象徴としての「富士山」を数多く描くようになります。大観が富士山を描き続けたことで、「日本といえば富士山」というイメージが国民の間に定着していったと解説されています。

    • 第二次世界大戦の敗戦後も大観の評価は揺るがず、GHQからも絵を求められました。戦後も己の信念を曲げず、酒を愛し、90歳で亡くなる直前まで富士山を描き続けました。

    6. 動画の結びと告知

    • 大観の生き様: 奥野さんは、大観の魅力は「絵の技巧」ではなく、不器用ながらも師の教えを忠実に守り、仲間を愛し、近代化する西洋の波に「日本の心」で立ち向かった「生き様(人間力)」そのものにあると熱弁しています。

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    煩悩は断ち切らなくても救われる

    性欲は克服できるのか?

    否。親鸞は性欲を克服できなかった

    浄土真宗を作った親鸞さんは煩悩を克服しようと9歳から29歳まで20年間も比叡山で修業をしました。しかし、悟ることはできずに下山します。そのことで悩んでいましたが、そこの六角堂というところに入り考えていました。そこで夢を見るのです。性欲オッケー!という夢です。

    女犯偈(行者宿報偈)

    そこで見た夢が以下です。
    【漢文】
    行者宿報設女犯
    我成玉女身被犯
    一生之間能荘厳
    臨終引導生極楽

    【読み下し文】

    行者(ぎょうじゃ) 宿報(しゅくほう)にて たとえ女犯(にょぼん)すとも、我(われ) 玉女(ぎょくにょ)の身となりて犯せられん。一生(いっしょう)の間(あいだ) よく荘厳(しょうごん)して、臨終(りんじゅう)には引導(いんどう)して極楽(ごくらく)に生(しょう)ぜしめん

    現代語訳

    「修行者よ、もしあなたが前世からの宿業によってどうしても女性と交わらなければならないのなら、私が美しい女性(玉女)となってその対象となりましょう。あなたの一生を支え、人生を立派に飾り、最後には必ず極楽浄土へ導いて差し上げます。」

    親鸞ですら性欲を克服できない

    20年間修業しても煩悩は失くせない。それが生物の本能です。ただそれに支配され、時間を使い、他が何もできなくなってはいけません。ただ、それを封じ込めようとしてもできません。

    では、我慢して昇華させることが大事かと言えば、我慢しなくとも活力はある人はいます。むしろ、自分に力があることを感じられ、他のことに対してもエネルギーがアップしているような人です。

    不倫はダメというのは社会のルールですが、それは社会のルールであり、本当の心はどうなっているのか?もちろんだからといって不倫せよ!ということでもありません。答えはありません。

    そんなぐちゃぐちゃしたことを親鸞は教えてくれます。

    南無阿弥陀仏の意味

    南無阿弥陀仏と唱えさえすれば救われるという教え。南無というのはサンスクリット語のナマスから来ており、任せます、という意味。

    阿弥陀仏というのはインドのアミターバから来ており、はかりしれない光を持つものという意味です。その仏ですから太陽神のようなものですね。お天道様に全て預けます、私の力なんてちっぽけなものです。

    ちなみには西方を守っているのが阿弥陀如来、東方を守っているのが薬師如来です。

     

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    ラスコー洞窟にはいくつも部屋があり、それぞれの部屋で書かれているものや技法も異なる

    2万年前にクロマニョン人によって描かれたラスコー洞窟。フランスにあり上から入るタイプの洞窟であったとの。クロマニョン人はホモサピエンスの仲間です。なのでネアンデルタール人ではありません。ネアンデルタール人は4万年前には滅びている(もしくはホモサピエンスに吸収されている)んですね。

    ちなみにクロマニョン人はこの時、言葉をしゃべることができたと言われています。絵を描くための顔料は鉱物性で洞窟から10km以上離れたところにあったそうです。あそこに顔料あるよ、などの情報を言葉で伝えることができないと、このような絵は描けなさそうです。

    しかし、文字はこの時点でまだなかったとされています。最初の文字は5千年前のメソポタミア(今のイラン辺り)のものと思われるヒエログリフです。最初は記号のようなもので、会計のために生まれたとされています。それが、だんだん不便なので、進化していき、文字1つ1つ自体に意味を持たせるのではなく、音をそのまま文字にするというように変わっていったのです。

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